転勤を告げられたその日、私は、上司の口から出た“ひと言”を、何度も頭の中で繰り返していた。
「この春から、○○支店に異動ね」
通達はそれだけだった。拒否権はなく、こちらの都合などお構いなし。戸惑いも、不安も、喜びも、一言も言えないまま、私はただ静かにうなずいていた。
目の前の景色が、音もなく崩れていくような感覚──まるで、テレビドラマの中の話を眺めているような、現実味のない瞬間だった。
春と聞けば、本来なら希望を感じる季節のはずなのに、その瞬間、私の中から“春”の温もりがすっと消えていったのを覚えている。
「いつから?」「住む場所は?」「引っ越し代は?」──そんな疑問すら、口にできなかった。ただ、上司の淡々とした声だけが、部屋に残響のように響いていた。
その時、私は初めて思った。「このまま、会社にすべてを委ねていて大丈夫なんだろうか?」
ほんの一言の辞令が、人生の大きな転機になる。そんな理不尽を、私は目の当たりにしていた。
「これが、正社員という働き方なんだよ」
正社員でいることは、安定の証だと思っていた。毎月決まった日に振り込まれる給与、社会保険への加入、年に数回の賞与や昇給──。
多くの人が「正社員でいることこそが安定だ」と信じて疑わない。でもその実態は、会社という“大きな船”に乗っているがゆえに、自分で舵を握れない不自由さでもあった。
辞令ひとつで、今日までの生活がガラリと変わる。住む場所、通勤時間、子どもの学校、家族の都合。それらを一切考慮されないままに、会社の都合だけで物事が決まっていく──。
「引っ越し代は会社が出してくれるから大丈夫だよ」
そう言われても、その“安心材料”が心を支えてくれることはなかった。
本当はわかっていた。どこかでこうなることも、あり得るということを。でも、どこかで「うちの会社はそこまでしないだろう」「まだ自分には関係ないだろう」と、根拠のない楽観でやり過ごしていた。
だからこそ、現実を突きつけられた瞬間、こんなにも立ちすくんでしまったのだと思う。
そして気づく。──「私は、会社のために働いてきたけれど、会社は私の人生を守ってくれるわけじゃないんだ」と。
さらに言えば、何かを我慢して働き続けることが、美徳でも忠誠心でもなく、ただの“自己犠牲”だったのかもしれない。そう思えるようになったのは、ずいぶん時間が経ってからだった。
いつからだろう。「自分の人生を会社に預けているような感覚」が、じわじわと居心地の悪さに変わっていったのは。
辞令が出るたびに心がざわつき、社内の異動話を聞くたびに「次は自分かもしれない」と身構える──そんな日々を繰り返すうちに、私はどこかで“自由に生きる感覚”を手放していたのかもしれない。
それでも、「正社員だから」「家族のためだから」と、言い聞かせるように仕事に向かっていた。
たとえ心が疲れていても、逃げ道がないように感じていたから。
でも、いつしか私は「このまま一生、会社の都合に振り回されるのか?」と自問するようになった。
そして今、あらためて問いかけたい。 「私は、本当にこの働き方を望んでいるのか?」と。
これが“正社員”という働き方なんだよ
朝、定時よりも早く出勤し、夜は終電近くまで残業。昼食もデスクで済ませ、休日も仕事の電話が頭をよぎる。そんな日々が「普通」になっていた。
同僚と愚痴を言い合っても、最後には「でも正社員だから仕方ないよね」で締めくくられる会話。誰もがどこかで“我慢”という言葉を当たり前にしていた。
職場には「正社員らしさ」を求める空気がある。責任感、貢献意識、長時間労働への順応──それらを満たすことで、ようやく“戦力”として認められるような風潮。
一方で、無理をしても誰かが評価してくれるとは限らない。むしろ、頑張りすぎると「この人はもっと任せても大丈夫」と、さらに仕事が増えていくのが常だった。
それでも当時は、「会社に必要とされている」と思いたくて頑張っていた。
「昇進のチャンスがある」「ボーナスが出る」「雇用が安定している」といった“ご褒美”に、ほんの少しの希望を託しながら。
けれど、ある時ふと気づく。「自分の人生、どこに向かっているんだろう」と。
生活の中心が“会社”になり、自分の軸がどこにあるのか見失いそうになっていた。
「会社に人生を捧げることが本当に幸せなのか?」
そんな問いが、胸の奥に残るようになった。
正社員という働き方は、たしかに多くの安定をもたらしてくれる。けれど同時に、“自由”や“柔軟さ”を奪う側面もある。
会社の制度や人事に左右され、自分の人生の主導権を失っていく感覚──それが「正社員」という働き方のもうひとつの側面だったのだと、今は思う。
どこかで諦めていた“選択肢”という自由
転勤の辞令を受けて以降、私はなんとなく「正社員でいることが一番いい」と思い込んでいた自分の価値観に、小さなひびが入ったのを感じていた。
でも同時に、「他の働き方なんて、どうせ大変だろう」と、自ら“選択肢”を閉ざしていたのも事実だった。
実際、正社員という肩書きは、社会的には“勝ち組”のように扱われる。両親も、友人も、みな安心した顔で「よかったね」と言ってくれる。でも、その“よかったね”の中に、私自身の気持ちが入っていたことはあっただろうか?
「辞めてどうするの?」「年齢的にもったいないよ」「どこも雇ってくれないかもよ?」
誰かに相談しようとするたびに、そんな声が聞こえてくる気がして、私は自分の心の声を飲み込んでいた。
でもある日、SNSで偶然目にした言葉が、心の中で長く眠っていた何かを揺さぶった。
「今の場所が“自分らしく”いられないなら、場所を変えるのもひとつの勇気」
そのとき初めて、「自分らしく働く」という感覚を思い出した。
気づけば、派遣社員、フリーランス、パートタイム──さまざまな働き方を検索している自分がいた。
正社員じゃないとダメ。
ずっと会社にいないと生きていけない。
そんな思い込みの殻を、少しずつ自分で割ろうとしていた。
もちろん、不安がなかったわけじゃない。
むしろ、知らない世界をのぞくことへの怖さの方が大きかった。
でも、「自分の人生を自分で選んでもいいんじゃないか?」という問いが、次第に私の背中を押してくれるようになった。
派遣という“選択肢”と出会うまで
「会社を辞めようかな」と本気で考えたことがある人なら、誰もが一度は直面する“壁”がある。
それは、「じゃあ、次はどうするの?」という問いだ。
正社員という立場を捨てるには、勇気がいる。
今の職場に不満があっても、生活を支える収入源としての安心感、世間体、家族の理解──それらを天秤にかけたとき、どうしても「今のままでいいか」と現状維持を選んでしまう自分がいた。
だけど、その「今のままでいいか」が、心にじわじわと“負荷”をかけてくる。
朝、目覚めるたびに感じる憂うつ。月曜が近づくと胃が重くなる感覚。
「辞めたい」と声に出せば、周囲の誰かに「甘えるな」と言われるような気がして──
私は、自分の本音にフタをするようになっていた。
そんなとき、偶然目にしたのが「派遣」という働き方だった。
初めは正直、偏見の方が大きかった。
「派遣って、すぐ切られるんでしょ?」「将来が不安定そう」──
そんなイメージだけで、まともに調べようともしていなかった。
でも、ある日ふと目に留まった体験談の記事に、私は心を揺さぶられた。
「自分のペースで働けるようになったら、笑える日が増えた」
たったそれだけの言葉が、妙に胸に刺さった。
会社の辞令に振り回され、自分の人生に主導権が持てなくなっていた私にとって、その言葉は“自由”の入り口のように思えた。
私は少しずつ、調べ始めた。
派遣の仕組み、メリット・デメリット、実際に働いている人たちの声──。
知れば知るほど、「これは本当に“劣った選択肢”なのか?」と疑問を持つようになった。
そして気づいた。「選ばなかった」のではなく、「選べることを知らなかった」だけだったのだと。
私が最初に調べたのは「派遣の不安」だった
「派遣って、やっぱり不安定なのかな…?」
頭の中にそんな疑問がよぎったのは、ネットで“自由な働き方”というワードを見かけた直後だった。たしかに派遣という選択肢には惹かれるものがあったけれど、心のどこかで、「でも、やっぱり怖い」と思っていた。
正社員を辞めてしまったら、もう戻れないかもしれない。周囲にどう思われるだろう。給料は? ボーナスは? 更新されなかったら…?──検索履歴がどんどん「ネガティブワード」で埋まっていく。
「派遣 将来性ない」
「派遣社員 後悔」
「派遣 やめとけ」
そんな言葉ばかりが並ぶ検索画面を見ては、ため息をついて閉じる。そしてまた、しばらくしてから検索して──の繰り返しだった。
本音を言えば、もう限界だと思っていた。でも、その“限界”に気づいてしまった自分の気持ちすら、信じてはいけないような気がしていた。
自分にはもっと頑張れる余地があるのか、それとももう頑張りすぎていたのか。
「今のままでいいのか?」
「この働き方を続けて、私は本当に幸せなのか?」
そんな問いに、すぐに答えを出せるわけもなかったけれど──。
気がつけば、「正社員 つらい」「派遣 働き方 違い」「派遣 メリット」など、少しずつ検索ワードの“色”が変わっていった。
ほんの少しでも前に進もうとしていたのかもしれない。怖がりながらも、自分の中にある「変わりたい」という気持ちが、画面の向こう側に差し出されていくようだった。
派遣で働く人たちの声に、少しずつ揺らぎ始めた私の価値観
「派遣って、思ってたよりちゃんとしてるんですね」
ある日、ネット上で見かけた派遣社員のインタビュー記事に、そんなコメントが寄せられていた。その瞬間、私は「自分もそう思ってたかもしれない」と気づいた。
正社員が上、派遣は下──。
どこかで、そんな序列を信じていた節がある。
でもそれは、自分がそう思いたかっただけなのかもしれない。正社員という立場にしがみついてきた理由を、無理やり正当化していただけだったのかもしれない。
SNSや記事を読み進めるうちに、派遣で働く人たちのリアルな声が、少しずつ私の心をほぐしていった。
「子育てと両立しやすいから派遣を選んだ」
「今のほうが人間関係が楽」
「好きな仕事だけ選べるようになった」
最初は疑うような気持ちで読んでいたけれど、どの声にも共通していたのは、“自分の生活軸を大切にしている”という点だった。会社の都合ではなく、自分の都合を優先する働き方。そんな選択肢があってもいいんだ、と、少しずつ思えるようになった。
もちろん、派遣にはデメリットもある。
でも、それは正社員にもあること。
どちらが絶対的に良い・悪いという話ではなく、「自分がどう生きたいか」によって、選ぶべき働き方が変わるだけなのかもしれない。
「今の働き方に、満足してる?」
誰かのその問いが、まるで自分に投げかけられたようで、思わず画面を閉じた。
だけど、もう私は前の自分とは違っていた。
誰かの働き方に触れることで、自分の中の価値観が揺らぎ始めていた。
正社員でいることが唯一の“正解”じゃない。そう考え始めたことで、少しだけ心が軽くなっていたのを、私は感じていた。
「辞めたい」と言えなかったあの日の私へ
職場の誰かが退職を申し出たとき、「裏切り者」のような空気が流れる。そんな風土が、私の職場にはあった。
長く働くことこそが美徳であり、多少の不満や理不尽も「耐えるべきもの」──。そんな空気の中で、私はいつしか「辞めたい」と口にすることすら罪悪感を抱くようになっていた。
「せっかく正社員になったのに」
「家族を養ってるんでしょう?」
「辞めてどうするの?」
そういう“正論”を投げかけられるのが怖くて、本音を封じ込めていた。だけど、本当は──疲れていた。しんどかった。もう限界だと思っていた。
毎朝、家を出る瞬間に深いため息をついていた自分を、今でもはっきりと思い出せる。あの頃の私は、「頑張らなきゃ」と自分を鼓舞することで、なんとか心を支えていた。でも、その頑張りは、誰のためのものだったのだろう。
思えば、私は“自分の人生”よりも、“他人の期待”を優先していた。
だから、あのときの私に伝えたい。
「辞めたいと思ってもいいんだよ」と。
それは、甘えじゃない。逃げでもない。
自分の人生を、自分で守ろうとする“勇気”なんだと。
「もう限界かもしれない」と思いながら、それでも通勤電車に乗っていたあの朝の私へ。あの日、辞めたいと言えなかった自分を、今の私は責めない。でも、もしもう一度あの頃に戻れるなら──「あなたの人生には、ちゃんと“選択肢”があるんだよ」と伝えてあげたい。
そして私は、“自分の選択”を生きると決めた
「会社に頼らずに生きるなんて、無謀じゃないか」
「派遣なんて、不安定な働き方だよ」
「後悔しないの?」
転職を考え始めた頃、周囲からそんな言葉をかけられることもあった。でも、どれも“他人のものさし”だった。
たしかに、派遣という働き方は、正社員に比べて不安定に見えるかもしれない。更新制の契約、福利厚生の差、キャリアの不透明さ。現実として、課題は少なくない。
でもそれでも、私は思った。
「今のままの働き方のほうが、よっぽど私にとっては“不安定”かもしれない」と。
辞令ひとつで振り回され、生活が変わり、心がすり減っていく。そんな働き方を、いつまで続けるつもりだったんだろう。
誰かの言葉に怯えて、自分の気持ちにフタをし続けること。それこそが、本当の“後悔”になるのではないか──。
だから私は、自分の人生に、もう一度ちゃんと向き合ってみたかった。
最初の一歩は、勇気が要った。求人サイトを開くだけでドキドキしたし、「本当にやっていけるのかな」と夜中に不安になることもあった。
でも、少しずつ、「私にも選べる自由がある」と思えるようになっていった。
派遣という働き方には、“しがらみ”が少ない分、環境を変えやすいという柔軟さがある。自分の得意なことを活かせる現場を選び直せるし、何よりも「自分で選んだ」という感覚が、私の中に確かな手応えをくれた。
もちろん、これが「完璧な働き方」というわけではない。でも、「今の自分にとって、必要な選択だった」と胸を張って言える。
あの日、辞令を前に立ち尽くした私へ。
あの日、「辞めたい」と言えなかった私へ。
私は今、自分の選択で、自分の人生を生きているよ。
誰かに決められた道ではなく、自分で選び取った道を──。
正社員をやめて派遣を選ぶという決断は、決して軽いものではありません。
それでも「本当にこれでいいのかな?」と迷いながら、一歩を踏み出すなら──
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